クロ・デュ・ヴァル エグゼクティブ・チーム

ジョン・クルーズ
ヴィンヤードおよびワイナリー・オペレーション担当副社長

ローデシア(現ジンバブエ)出身のジョン・クルーズがワインメイキングに目覚めたのは、南アフリカのケープタウン大学に通っていた頃でした。大学卒業後、クルーズはロンドンで会計士として活躍していましたが、彼のワインに対する情熱は日増しに高くなり、ついにワインメーカーとしての人生を歩むべくカリフォルニアに行く決心をしたのでした。クルーズはワインスペクテーター誌よりその分野で最も権威ある M. A. アメリ-ン・リサーチ奨学金を与えられ、カリフォルニア大学デーヴィス校でぶどう栽培学と醸造学の修士号を取得しました。ジェネラル・マネージャー兼チーフ・エノロジストとしてナパヴァレーのスティーン・ワインとニュートン・ヴィンヤード、そしてソノマのプレストン・ヴィンヤーズで働いた後、1999年の4月にクロ・デュ・ヴァルに入社しました。現在、クルーズはヴィンヤードとワインの生産全般を統括している傍ら、特にカーネロスのシャルドネとピノ・ノワールの新しいプログラムに注力しています。


ベルナール・ポーテ

創業者、およびファウンディング・ワインメーカー

ポーテ家は、父の代まで数えると 6 代に渡って受け継がれたワインメーカー一家でした。1944年フランスのコニャック地方に生まれ、ボルドーで育ったベルナール・ポーテは、シャトー・ラフィットのテクニカル・ディレクターであった父親とともにボルドーのぶどう畑やワイナリーを歩き回りながら、次第にワイン作りに対する情熱を育んでいったのでした。ポーテはトゥールーズとモンペリエの大学で醸造学を学び、ヨーロッパの伝統的なワイン造りを身に付けました。その後ジョン・ゴレと運命的に出会ったポーテは、1970年、ゴレと共に「世界最高のワイン」を造るべく、クロ・デュ・ヴァルを設立したのです。今日、ポーテはナパヴァレーにおけるワイン作りの先駆者の一人と称されています。


アル・ワーグナー

ヴィンヤード・マネージャー

コネチカットのタバコ農園で育ち、オーストラリアでぶどう栽培技術を学んだアル・ワーグナーは、クロ・デュ・ヴァルに迎え入れられる以前、サウスコープ・ワイン・エステーツ・ノース・アメリカのケイマタ・ヒルズ・ヴィンヤードのアシスタント・ヴィンヤード・マネージャーとして経験を積んできました。アルは2001年にクロ・デュ・ヴァルに入社して以来、保全型農業( sustainable agriculture)の推進に特に力を注いでいます。また彼は現在、日々の実際のヴィンヤード運営を受け持っています。


ビル・キャンブロン

最高財務担当責任者

 

ビルは23年間のワイン業界での経験と、様々な財務畑で培った専門知識を携えてクロ・デュ・ヴァルの最高財務担当責任者として迎えられました。クロ・デュ・ヴァルの前は、ケンダル・ジャクソンの最高財務担当責任者、フランシスカン・ヴィンヤーズの副社長兼最高財務担当責任者、スーヴェラン・ワイナリーの上級副社長兼最高財務担当責任者、コスト・プラス社の経理担当責任者、そして米国の5大会計事務所であるプライス・ウオーターハウスの上級会計監査とその経歴は輝かしいものがあります。ビルはクロ・デュ・ヴァルの長期的・戦略的財務のプランニングの責任者として、ワイナリーの長期的な目標達成のために必要なシステムと情報の構築を担当しています。ビルはケンタッキー大学で会計学を専攻した後、アメリカン大学で MBA を取得しました。


ロバート・ザルツ
セールス担当副社長

ワインや料理に造詣の深い、チェコからの移民の父親の影響を受け、小さい頃からファインワインや料理に対する感覚を磨いてきたロバートでしたが、その才能を一気に開花させたのはサンフランシスコのワイン&チーズセンターで働きなじめた時でした。そしてその時、トレーニングの一環として1974年ヴィンテージのクロ・デュ・ヴァルを飲んでからその魅力に取り付かれ、クロ・デュ・ヴァルのファンになったのでした。そんな彼がクロ・デュ・ヴァルに入社したのは1994年。以来、リージョナルマネジャー、ナショナルアカウントマネジャーを歴任し、2006年4月に現職に抜擢されました。